結婚

(正式の)婚姻関係を結ぶこと

上記語意は,三省堂の国語辞典が出典である.婚姻関係とは「正規の法律上の手続きを経て,男女が夫婦関係を結ぶこと.」とある.そして,夫婦関係とは「結婚・(同棲)している一組の男女」とある.この定義自体,堂々巡りとなっている.

なぜ,愛し合う二人が一緒に生活をするために,結婚しなくてはならないのか?愛し合う二人には結婚が必要なのか?

理由その1;同棲して結婚していないと,周りがとやかくうるさく,めんどくさいので結婚している.これは社会的立場を確保するため,「仕方なく」という部類にはいる.

理由その2;奥さんが結婚に憧れている.ついこの間あるwebページを見ていて,そういう女性を見た.「今はお母さんに養ってもらっているからいいけど,この先,お母さんがいなくなったらどうしよう.それまでに,すてきな旦那様を見つけて,結婚しなくちゃ」というようなことが書いてあった.そう,女性は結婚さえすれば,外で働かなくても周りにとやかく言われることなく,生活することができる.この場合,男性に家族を養うだけの経済力が必要となる.たまたま,愛し合った二人のうち,女性がこういうタイプだった場合,「愛しているなら結婚してよ」「愛し合っているのだから結婚するのが当然」ということにつながっていくとおもう.

理由2その3;結婚せずに子供ができると,社会的恩恵が受けられない.愛する人の子供がほしい.でも,法的婚姻関係がないと,補助が受けられない.これは実は間違っている場合もある.子供を保育所に預ける場合,親が婚姻関係を結んでいないと,母子家庭,もしくは父子家庭となり,保育所代が安くなったりするので,これを目論んでいる方は要注意である.ふつうのサラリーマンで会社から補助を受けたい場合は結婚しておく方が特である.

こうして書いてみると,結婚は人間のみが必要なもので,社会の上に成立しているものと思われる.この他に,結婚して相手が浮気すると,正式な名誉毀損となり損害賠償を要求できるので,独占欲の強い人には結婚は不可欠となる.

このほか,「それほど愛し合っていないが,結婚が必要」な人もいる.

理由その1;家を残すため.または,家の財産を残すため.農家などもコレに入る.農家は嫁さんに来てほしい.農家を手伝わなくてもいいから,(実際には手伝わざるを得ないが)跡継ぎを生んで,広大な農地財産を守り続けて農家を存続してほしい.良く聞くのは,農家の母は「嫁には来てほしいが,自分の娘を農家の嫁にはやりたくない」である.でも,価値観は人それぞれなので,農家に嫁に行きたい人は行けばいいと思う.跡継ぎがほしいというのは,人間の死に対する倫理観から来るものと思われる.

理由その2;結婚に憧れている.先の愛し合っている二人の愛し合ってない版である.結婚して,幸せな家族をもって,家庭を築き上げたい.家に帰ったらお食事とお風呂が用意されている.掃除しなくてよい.外から帰ってきたらかわいい子供の顔をみてほっとする.など,なんとなく,経験したこともない幸せを得られると思っている.なんとなく,結婚している人はうらやましいとおもっている.

理由その3;結婚していないと社会的に認められない.サラリーマン社会ではよくあることである.上司などは,部下によく結婚することを勧める.結婚しなければ経験しない苦労なども人生の肥やしとなるという考えか.

大体,理由はこんなところだろうか?

これらの理由がそれほど人生に影響しない場合,強くは結婚を願望しないのではないか?私は若い頃,結婚したいと思ったことはなかったが,愛する人と一緒にいたいとは思った.その場合,社会人として生きていくために結婚が必要と相手に説得されたため,結婚をした.しかし,今のところ,誰もその婚姻届を確認しようとしないし,社会的に別に必要もなかったかなと感じている.

結婚すると,名字が変わるなどして,家の存在を強く感じる.親戚づきあいなどもその一つである.自分は愛する人といっしょに居たいだけなのに,なぜ,親戚づきあいが入ってくるのか?愛があれば,その人の親戚も愛するものと道徳的に納得すればよいというのか?恋愛結婚だと,恋愛という非常に動物的で感情的なものから始まっているにもかかわらず,道徳的倫理的なものをおしつけられ,納得のいかない人は多いのではないだろうか?

結婚するまでは,恋人がくっついたの別れたのといっても,さほど大騒ぎされないし,いい人生経験になったという人もいるくらいだとおもう.

しかし,結婚すると,離婚は非常に難しい.今まで通り,好きになった.でも,嫌いになった.他に好きな人ができた.ではすまされない.他に好きな人ができた時点で,法的に,名誉毀損になるのである.

他に好きな人ができることは「名誉毀損」なのだろうか.

結婚制度は名誉を守るものなのだろうか.

また,結婚が長く続くことが奨励されていて,結婚が短く終わることに対して,殆どの人が,より長く続けられるアドバイスをする.結婚が長い=幸せが長いということになっているらしい.

「私,夫のこと,そんなに好きじゃないけど,あんまり好きじゃない方が,結婚生活を長く続けられていいのよね」という人がよくいるが,それって,幸せなの?彼女にいわせると,間違いなく「幸せ」なのである.楽しく毎日過ごしている.彼女にとって,愛情は2の次で,とにかく,楽しい生活をするために,結婚しているのである.それはそれでよいとおもうし,そういう楽しい幸せな生活のために法律による保証制度として結婚があるのは,いいことかもしれない.

でも,そういう人が,結婚が続けられなくなりつつある人に向かって,より長く続けられるアドバイスをするのはどうかな?とりあえず,結婚しておいて,様子を見るというならわかるが,「苦労してでも続けた方が幸せよ」というのは,万人にあてはまるのだろうか?

確かに母子家庭は苦労する.しかし,人の価値観はそれぞれである.

現在は「結婚が長い方が幸せ」という人が多数派だが,それが絶対ではないとおもう.

つい,数年前,ずっとつきあっていた彼女が子供ができない体だったので,結婚を見合わせて他の人と結婚した人が身近にいたことを聞いて,唖然としていた私だったが,今は,結婚という概念は上記のように,非常に事務的で愛情の尺度とは関係のないものと理解でき,やっと,その人に対しても不信感を感じなくて済むようになった.

また,やたら,結婚ばかり望む若い人を理解できなかったが,結婚とは非常に社会的で物理的なもので,愛情とは直接リンクしないことを理解し,前ほど,「そんなに結婚ばっかりに憧れたらだめよ」みたいな,おばさん発言はしなくなった.

しかし,

40歳も目前にして,私にとって必要なのは,結婚ではなく,愛情である.いまだに結婚ではなく,男と向き合った時,愛情そのものを信仰している私は少数派のバカなんだろうと思う.子孫繁栄的本能ではなく,精神的な愛が存在すると信じている.